1セントとシャープコート

ワシントンでの生活を引き払って東京にもどったのは今から11年前のことだ。

それまで25年間もアメリカにいたので、ささいな言動から考え方までずいぶん影響を受けた。いまでも心の中に根をはるようにして残っているものは多いが、表面的なところはすでに日本スタイルに戻っている、と思っている。

だからアメリカに戻ると忘れていたことがいくつもでてくる。昨日、2つほど「そうそう、アメリカはこうだった」と呟いたことがあった。

1つはスーパーのレジでの出来事だ。合計金額は11ドル38セント。クレジットカードでもよかったが、財布の中に11ドルがあることはわかっていた。あとは38セント。

ズボンの右ポケットにいつも小銭を入れており、足りると思ってすべてを出すと1セント足りない。私は「1セント、ショート(足りない)」と言って、すぐに財布から1ドル札をもう1枚だそうとした。

すると背後に並んでいた女性が、「はいこれ」と言って1セントを出してくれた。もちろん見ず知らずの人だ。私はありがとうと言って受けとり、「そうだったそうだった」と思いながら笑顔でスーパーをでた。

もうひとつは今年6月にオープンしたビルの展望デッキを訪れた時のことだ。

arlington10.23.18

展望デッキから首都ワシントンを眺めて地階に降りるエレベーターを待っているとき、大きな黒人女性が私のコートを指差しながらヒトコト。

「シャープコート!」

私ではなく、コートがカッコイイと言われたのだが、アメリカでは知らない人のコートや靴、カバンを褒めることがよくあるのを思いだした。しかもかなりの声量で、周囲の人が聞こえるような声をだす。

特に黒人の男性や女性が口にすることが多い印象だが、見ず知らずの人を褒める文化は日本にはない。

「そうだったなあ」と思うと同時に「いいなあ」という思いに浸りながらエレベーターで地階まで降りた。