ポーランドの作曲家

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旅にでると、なるべくたくさんの所を「観ない」ようにしている。世界遺産と呼ばれるところにも足を運ぶが「できるだけ効率よく回る」ということをしないようにしている。

だから写真だけ撮って短時間で次にはいかない。必ずではないが、行かないようにしている。それよりも訪れた国のイマを知り、感じ、考えたいと思っている。

たとえばカンボジアに行った時、当初はアンコールワットに行く予定を入れていなかった。首都プノンペンをみて、イマのカンボジアを知ることが旅の目的だった。だが「アンコールワットを観ないで帰るのは損をしますよ」とホテルの人に言われ、忠告にしたがった。いま思うとありがたいアドバイスだった。

今回の東欧の旅もできるだけ多くの人と話をすることに時間を割いて、有名な城や教会は代表的なところだけにしている。

そんな時、「ポーランドの京都」といわれるクラクフで上の写真の男性と出会った。

音楽家で「作曲もしています」と言った。旅先では多くの人が自分のいい面を口にしたがるし、誇張が入ることも多いので、「そうですか」と返事をしておいた。

片言の英語でポーランド訛りも強かったが、話が進むうちに「本物だ」と直感した。彼は旅人ではなく、クラクフの中心地に自宅を構えていた。旧市街の中央広場というところからほど近いところに中庭のある素晴らしい石造りの邸宅があった。

「どうぞ入ってください」と気さくに案内してくれた。中庭をコの字型に囲むようにして自宅が建っており、右側のアーチ型の入り口を行くように促された。

そこは明るい照明が射す音楽室だった。グランドピアノが置かれ、10脚ほどの椅子と譜面台があり、30分前までオーケストラが練習をしていたかのような空気が漂っている。

男性はそこでタクトを振るしぐさをした。音楽が中心になった芳醇な生活がそこにあった。

音楽室はモダンに改築されていたが、自宅の壁面を見る限り、100年以上は建ち続けているように思えた。クラクフは16世紀後半まで500年も続いたポーランド王国の首都だったところである。

芸術を愛する人間の持つ落ち着いた佇まいと優しげな目つきに触れられたことが、今回の旅の収穫と言っても言い過ぎではない。