7キロ以上はあるね、、に涙

さわやかな青空が広がっていた。朝から清々しい天気である。

午後から仕事をする予定だったので、午前中に1時間ほど汗を流そうと思っていた。久しくサイクリングをしていなかったので、自転車に乗って荒川の土手を走ることにした。

さっそうと(自分だけそう思っている)こぎ出す。しばらくして荒川に着くと、大勢の人たちがペダルを漕いでいる。

下流に行くか、上流に向かうか。

どちらかに進んで、折り返してくるつもりだった。まず上流に30分ほど走ることにした。

普通に漕いでいるつもりだったが、ドンドン抜かされる。ユニフォームを着た軍団も走っていて、ちょっと怖い。

舗装されたトレイルの横には野球用のグラウンドがたくさん整備されていて、少年野球の試合がいくつも進行している。女子が男子に混ざってプレーしているチームもある。

30分ほど走ってから引き返す。だが同じ時間を戻っても、最初に到着した土手の場所がわからない。周りの風景は似ていた。

誤算があった。引き返したあと、野球の試合を数カ所で観てしまったのだ。どれほど時間を費やしたかはわからない。

引き返してから45分ほど経っても最初に到着した場所は現れない。どんどん下流の方へ走った、、、走ってしまった。

気づくと、引き返してから1時間も走っている。「東京湾に出てしまう」と思った。土手を上がって町にでると、まったく知らない風景が広がっている。

太ももの筋肉は重くなってくるし、お腹は減るし、サドルがあたる臀部は痛くなるし、そのあたりに自転車を放置してタクシーで帰りたかった。

停車中のタクシーの運転手さんに自宅までの帰り道を訊くと親切に教えてくれたが、最後に「7キロ以上はあるね」との言葉に、涙がでそうになった。

その日は結局、30キロ以上を走破する苦行になってしまった。老体にムチを打っても老体のまま、、哀れ。

人間を突き動かすもの

日本人の研究者3人がノーベル物理学賞を受賞した。明日の文学賞では村上春樹がスポットライトを浴びるかもしれない。

物理学賞に輝いた3氏だけでなく、村上春樹も長年、候補として名前が挙げられてきた。その他にも日本人で候補になっている人は数多い。

9月下旬、大手新聞社の科学部の記者から電話が入った。

「満屋先生が10月6日発表のノーベル医学・生理学賞を受賞するかもしれません。その時にはコメントを頂けますか」

「私でよければ喜んで」と告げた。

記者は数多くの候補名を事前に入手し、受賞後に書く記事を準備しているようだった。満屋先生というのは、拙著(『MITSUYA日本人医師満屋裕明―エイズ治療薬を発見した男』)で半生を描いた医学者だ。

1980年代半ば、アメリカの首都ワシントン郊外にある研究所で世界で初めてエイズウイルス(HIV)に効く薬を開発した人である。

90年代から満屋がノーベル賞の候補に挙げられているという話は耳にしていた。だが残念ながら、昨日(6日)のノーベル賞の発表時に満屋の名前はなかった。

実は今年の医学・生理学賞の候補として、世界中から283名の名前があがっていた。その中からさらに46名に絞られていた。

ただ、賞というのは視界の外から降ってくるサプライズであり、ノーベル賞を目指して研究している人はいない。というのも、それが日々の研究の動機にはならないからだ。活動のエネルギーはそこから去来するものではない。

もっと人間的である。というより情調的である。

今回物理学賞を受けたカリフォルニア大の中村修二は記者会見で、研究が持続できた理由を訊かれ、「怒り以外に何もない」と言った。奇しくも、イチローが昨年4000本安打を打った10日後、「屈辱によって支えられてきた」と述べたことに共通するものを感じる(屈辱に支えられている )。

人間を突き動かすものというのは意外にもそうした感情なのかもしれない。(敬称略)

なぜ盗らないのか

2007年、アメリカから帰国してすぐの頃、仕事の打ち合わせでJR市ヶ谷駅に行くことがあった。駅に隣接されたスターバックスに入ると、レジには行列ができている。

「まずお席をおとりください」

店員が大きな声で来店した客に叫んでいる。

これには驚いた。席を確保するというのは自分のバッグを席に置けということで、アメリカやヨーロッパ、また世界の他地域ではほとんどありえない。

「どうぞ盗んでください」と同義語だからだ。

不安だったが指示されたとおり、自分のバッグを席に置いてコーヒーを注文しにいった。戻っても、バッグはそのままだったのでホッとしたのを覚えている。

日本にも窃盗犯はいるが、こうした状況でバッグを盗まれることは稀だ。

昨日、同じようなことがあった。

実は3日前、自宅近くのコンビニに行った時、手にしていた傘を入り口の傘立てに挿した。買い物をすませ、傘をそのままにして帰宅した。雨は止んでいたからだ。

情けないのは、それに気づいたのが昨日だったことだ。傘を置き忘れてから2日たっている。客の出入りの多いコンビニで、昨日は時々雨がふっていたので誰かに抜き取られた可能性が高いと思っていた。

骨が16本ある、しっかりした傘で気にいっていた。

昨夜、いちおうコンビニに向かう。30メートル手前から私の傘が傘立てに突き刺さっているのが見えた。

「誰も盗らないんだ」

傘を握りしめてコンビニのレジの女性に告げた。「やったあ!ありました。3日前に忘れたんです」

レジの女性はほとんど驚いた様子もみせず、「よかったですね」とヒトコト。

この話を諸外国に伝えたい―。

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