過去1週間で山崎豊子とトム・クランシーが亡くなった。
両氏ともに面識はないが、山崎の書いた「運命の人」では取材協力をしたことを思いだす。まだワシントンに住んでいた時のことだ。
当初は山崎本人がワシントンにきて取材する予定だった。だが、体調がすぐれず渡米をキャンセル。文藝春秋の編集者を経由して私のところにきたリクエストは、いささかマニアックと思えるほど細かい情報が求められていた。編集者はそれが山崎の普通の取材なのだと言った。
細部へのこだわりを抜きにして鬼気迫る臨場感は生まれない。それはクランシーも同じだ。
デビュー作の「レッド・オクトーバーを追え」は米海軍の軍事情報、特に潜水艦の記述が細かすぎて、編集者のデボラ・グロブナーは100頁ほどを削らせたという。
明らかに米海軍に情報提供者がいると言われたが、本人は機密情報をつかんでいるわけではないし、マニュアルや公開情報を丹念に調べて書いたと述べた。
ただ、そのこだわりが独自のミリタリー・サスペンスの世界を築かせることになった。1984年の初版で手にしたクランシーの印税は5000ドル。だがその後の作品を含めると全世界で1億冊以上を売っている。2人の作品は、ともに映画化された点でも共通項がある。
山崎は88歳。大往生という年齢だが、クランシーは66歳で、まだまだいい作品が期待できた。
冥福を祈りたい。(敬称略)