不穏な尖閣

これまでも当ブログで尖閣問題については私見を述べてきた(尖閣は実行支配こそがカギ )。

2年前、中国人船長の勾留問題が起きたが、いまは当時と比較にならないくらい中国側での反日感情が強い。個人的にはこうした時の外交交渉に携わりたいくらいである。

もしかすると中国と限定的な交戦にまで発展するかもしれないが、それを食い止めるのが外務省と官邸、さらに日中の議員同士の交渉である。

限定的とはいえ、戦争がもたらすプラス要素はほとんどない。それを阻止するあらゆる手立てを中国共産党指導部としなくてはいけないが、もちろん尖閣を譲るといったオプションは日本にはないし、してはいけない。

尖閣はこれまで日中間の暗黙の了解で、日本の実行支配が効力をもってきた。それでも日本側は中国漁船が「周辺海域」で操業するのを黙認していた。こうした微妙な緊張関係が実は大切である。

外交関係というのは、いつでもお互いが手をつないでルンルンといった間柄でなくていい。緊張した関係であっても、それが平和的な現状維持であれば何の問題もない。むしろその方が好ましいくらいだ。

だが、どう見ても野田政権内に中国共産党指導部との太いパイプがない。ほとんど中国と話がついていないように思える。共産党ももちろん尖閣に軍事侵攻した後の短期的な利益は見いだせないだろうから、大それた真似はしないだろうが、万が一もあり得る。

いま中国国内では反日感情の発露が暴動という形になっているが、日本は冷静にやり過ごすべきである。両国にとってすでに大きな損失になっているが、最大の危機は中国の空挺部隊が尖閣に上陸し、中国艦船が尖閣周辺の洋上に通常配備され、武力による実行支配にでたときである。

82年のフォークランド紛争で、イギリス首相のサッチャーはもちろん交戦を選び、アルゼンチンと戦って3ヵ月後に白旗を揚げさせた。

野田政権は交戦に至らないように交渉力を発揮しなくてはいけないが、最悪の事態になった時には迎え撃つガッツも必要だ。(敬称略)