堀田佳男 Profile
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メタ情報
カテゴリー: 国際政治 ― 2010年1月30日
二人の年頭あいさつ

オバマと鳩山はそれぞれ28日(日本時間)と29日に、国民に対して年頭のあいさつをおこなった。 

アメリカでは一般教書演説、日本では施政方針演説と呼ぶが、年頭にその年の基本政策と政治ビジョンを示すという点では同じである。

両演説とも前向きで、よく練りこまれた内容だったが、諸問題の解決策を詳述しているわけでも、目を見張るような新しいアイデアが打ち出されていたわけでもない。けれども一国のリーダーとして基本姿勢を打ち出すことは意義がある。

二人の演説で多用された言葉は、オバマの方が「ジョブ(雇用)」で、鳩山は「いのち」だった。それぞれ20回以上も連呼した。

by the White House

アメリカの失業率は現在10%で、雇用創出が重要なのはよくわかるが、鳩山の「いのち」にはあまりピンとこなかった。

「世界のいのちを守りたい」「地球のいのちを守りたい」といい、平成22年度予算を「いのちを守る予算」と名づけさえした。しかし演説の最後に述べた震災の話で、私は鳩山の言葉が紙の上だけのものにすぎないことを知った。

少し長くなるが、最後の部分を抜粋する。

<今月十七日、私は、阪神・淡路大震災の追悼式典に参列いたしました。十五年前の同じ日にこの地域を襲った地震は、尊いいのち、平穏な暮らし、美しい街並みを一瞬のうちに奪いました。
式典で、十六歳の息子さんを亡くされたお父様のお話を伺いました。

 地震で、家が倒壊し、二階に寝ていた息子が瓦礫の下敷きになった。
 積み重なった瓦礫の下から、息子の足だけが見えていて、助けてくれというように、ベッドの横板を
 とん、とん、とんと叩く音がする。
 何度も何度も助け出そうと両足を引っ張るが、瓦礫の重さに動かせない。やがて、三十分ほどすると、音が聞こえなくなり、次第に足も冷たくなっていくわが子をどうすることもできなかった。
 「ごめんな。助けてやれなかったな。痛かったやろ、苦しかったやろな。ほんまにごめんな。」
 これが現実なのか、夢なのか、時間が止まりました。身体中の涙を全部流すかのように、毎日涙し、どこにも持って行きようのない怒りに、まるで胃液が身体を溶かしていくかのような、苦しい毎日が続きました。

 息子さんが目の前で息絶えていくのを、ただ見ていることしかできない無念さや悲しみ。人の親なら、いや、人間なら、誰でも分かります。(中略)あの十五年前の、不幸な震災が、しかし、日本の「新しい公共」の出発点だったのかもしれません。
今、災害の中心地であった長田の街の一画には、地域のNPO法人の尽力で建てられた「鉄人28号」のモニュメントが、その勇姿を見せ、観光名所、集客の拠点にさえなっています。
いのちを守るための「新しい公共」は、この国だからこそ、世界に向けて、誇りを持って発信できる。私はそう確信しています。>

けれども、日本のハイチ大地震の緊急援助隊の出動は遅れに遅れた。演説の中で「自衛隊の派遣と約7000万ドルの緊急・復旧支援を表明しました」と胸をはったが、地震から10日以上もたっていた。

しかも、私はある政治家から、「実はこの動きは官邸主導ではなく『外』からのアプローチだった」と聴いた。鳩山はみずから動いていなかったのだ。しかも鳩山が当初考えていた支援金はケタが一つ少なかったという。

私は地震発生から2時間後に鳩山の動きを注視していたが、何もしなかった(参照:ハイチ大地震 )。少なくとも消防庁は、地震発生後1時間後には救助隊員をハイチに派遣する準備をし、官邸からの指示を待ったという。だが鳩山は動かなかった。

2日後に医療チームだけは派遣されたが、これは外相の岡田が動いたものである。鳩山から本気で助けようという気は感じられない。

にもかかわらず、「いのちを守るための新しい公共は、この国だからこそ世界にむけて」などとよく言えたものである。

演説原稿を自分でししためる時間がないことはわかる。けれども、本番前にこのくだりを読んで、自分で訂正しなくてはいけない。

首相としての信頼度がさらに落ちる。(敬称略)

カテゴリー: Thought for the day ― 2010年1月26日
にきり醤油の魔力

知り合いの編集者は1年の3分の2ほどを旅している。

国内外で実に多くの場所を訪れている。以前、彼と取材旅行中、「日本各地を回りながら、最高の醤油を探し求めていたんですが、ついに見つかりました」とうれしそうな顔でいう。訊くと、瀬戸内海の小豆島の醤油だという。

「堀田さん、すごいですよ。冷や奴をたべますよね。醤油がメインなんです。豆腐はワキで醤油がメインになるんです」

実は、妻が小豆島出身なので自宅では「島」の醤油を使っている。小豆島の醤油といっても醸造所はたくさんあり、「タケサン」「マルキン」「ヤマロク」「ヤマヒサ」など、どれも味わい深い。

それで満足していたが、最近、やはりうまい「にきり醤油」には負けるかなあという思いが強い。

「にきり」はご存じのように江戸前鮨ではかかせない醤油である。醤油を酒やみりんと合わせて火にかけ、文字どおり「煮切って」つくるが、鮨屋によって醤油、酒、みりんの比率が違う。かつお節を入れる店もある。

しかも、ウマイ鮨屋は1軒で何種類もの「にきり」を使いわける。旬のヤリイカに合わせるものと、白身のネタ、さらに赤身(マグロ)のヅケでは濃度が違う。和食の極致をみるおもいである。

さらに先日、銀座のある鮨屋で、にぎる前に一つ一つのネタを「にきり」にくぐらせ、すぐに「にきり」を紙に吸いとらせる技法をみた。すぐに質問した。

「ネタの水分をとるんです。さらにシャリとの相性もよくなります」

鮨はネタをごはんの上に乗せて食べるだけの、世界でもかなりシンプルな料理だが、奥は底が見えないほど深い。

                    

カテゴリー: お知らせ ― 2010年1月24日
うちの秘書

  

               monta-001.JPG

お茶はいれません。

カテゴリー: 政治 ― 2010年1月19日
失敗からなにを学ぶのか

小沢一郎が『日本改造計画』を出版したのは1993年のことである。

翌94年、英語版『Blueprint for a New Japan』がでている。当時、私はワシントンにいたので、この英語版を読んだ。

         

                              

アメリカだけに安全保障問題を頼らず、国際的な役割を積極的に担っていくことを軸に、社会党(当時)との連携はできるだけとらず、小選挙区を中心にした多数決ですすめていく政治をめざした。それは細川政権で象徴されたように、自民党からの離脱を意味し、その姿勢は今も変わっていない。

小沢が当時から変わっていないことがまだある。カネに依拠する政治スタイルである。

昨年3月、西松建設疑惑の時にブログで書いたとおり(参照:転がり落ちる政)、不正なカネの受領がないかぎり、検察は秘書を逮捕しない。彼のボスであった田中角栄も金丸信も不正なカネを受けとった。

検察が厳格にコトを進めると、自民党の多くの議員は同じ運命をたどるだろうが、小沢のカネへの執着は二人のボスと何らかわるところがない。

金丸の時を思い出していただきたい。92年、東京佐川急便から5億円のヤミ献金があった。東京地検は金丸に対し、再三にわたって事情聴取を要請したが、彼は応じなかった。今と酷似する。

世間の風当たりはいまと同じように強く、金丸はいちおう罪を認めたかたちをとるために上申書を提出した。

そして地検は金丸を略式起訴にする。これはほとんど無罪放免にちかい処分である。実際は東京簡易裁判所から罰金20万円の略式命令をうけただけである。5億円で20万円である。

小沢と地検の攻防が金丸と同じ軌跡をたどらないことを祈るだけである。

アメリカで同じような罪で起訴されると、懲罰的な量刑もくわわって実刑100年ということがないわけではない。もちろんこれは死ぬまで刑務所からだなさいという司法の意志表示である。

田中と金丸の行状をつぶさにみてきた小沢はいったい何を学んできたのだろうか。(敬称略)

カテゴリー: 中南米 ― 2010年1月14日
ハイチ大地震

中南米のハイチで13日(日本時間)に大地震が起きた。

マグニチュード7.0という数字は、地震の専門家でなくともこれまでの地震との比較からとてつもない揺れであったことが想像できる。

日本のメディアは地球のほぼ裏側ということもあってか、事実を淡々と伝える報道だ。けれども7.0という規模と震源地が首都のポルトープランスからほど近いということで心配である。

首相官邸はどう動くのだろうか。

「私が首相だったら」という勝手なシュミレーションを地震発生から2時間後、CNNを観ながら行った。日本時間13日の午前中だったので、その日の夜までに医師団を含めた国際緊急援助隊を200人ほど現地に派遣させる。

通常、こうした場合はハイチ政府からの要請を受けるが、こちらから要請を投げかける。もちろん日航のチャーター機を使う。

それでも現地に着くのはほぼ24時間後になる。状況に応じてすぐに増派も考える。早期に動かなくては意味がないので、かりに徒労に終わったとしても国際援助に動いたという意味で重要だ。

こうした緊急時の対応によって、一国のトップとしての資質がとわれる。アイデアは浮かんでも、それを実行するために外務省、消防庁、海上保安庁、JICAなどをフル稼働させなくてはいけない。超法規的な行動をとる必要があるので、それは首相権限として責任をもって動く。

本来なら自衛隊を派遣したいところだが、海外派遣は災害救助が目的でも法律の縛りがつよすぎて首相の一存ではむずかしい。ここが日本の弱さである。

AP通信は現地の政治家のコメントとして「死者は50万人に達するかもしれない」と伝えている。数字の信憑性はないが、それほど壊滅的な損害を受けているということで、日本も迅速に救助に動くべきである。

情報を待っていてはいけない。情報収集と政治決断は間断なくおこなうものである。

丸一日たっても鳩山が動いたというニュースが伝わってこないのが残念である。(敬称略)