めちゃドメスティック

ふだん国外のことを書くことが多いので、今回は自宅から半径200メートル以内のことを書くことにする。

私は東京の北区東十条というところに住んでいる。東十条という土地の名を告げると、「渋いですねえ」という返答をよくいただく。「渋いですねえ」は別の言い方をすれば「地味ですねえ」であり、「さえないですねえ」の意味も少しあり、さらに「おしゃれじゃないですねえ」というのが本音だろうと思う。

長年住んでいたワシントンのマンションにはプールとテニスコートがあり、200台収容の地下駐車場があった。さらにジムと図書室、パーティールームという部屋もあり、警備員が24時間いた。玄関前には噴水もあった。

東十条のマンションとの落差は大きい。ここには駐車場こそあるが、それ以外のものはなにもない。管理人さんは夕刻になれば帰ってしまう。住環境の違いは歴然としているが、周辺が実に人間くさくて楽しい。

徒歩2分のところに活気のある商店街がある。大きなスーパーもあるが、昔ながらの商店の方がにぎわっている。魚屋だけで5店舗もある。そこでの人とのつきあいはアメリカでは味わえない暖かさがある。

豆腐屋でごま豆腐をかうと、「豆乳ももっていきな」とタダでくれる(毎回ではない)。ありがたいことである。

あるドラッグストアで薬を買うと、初老の女性店員が「あんた、ビタミン足りてる?CとEの錠剤をあげるからね。それに手に塗るクリームも入れておくね」といって、紙袋がはちきれんばかりにタダのものを押し込めてくれた。帰路、袋からビタミン剤が飛び出した。

近くのパン屋のおやじさんとは特に親しい。毎回ではないが、よくリンゴや梨、饅頭をくれる。また、サンドイッチにトマトを入れ忘れた日があり、「10円まけておくね」とやさしく微笑まれた。泣ける思いである。こちらも妻が焼いたケーキをお返しに届けた。

12月7日の日曜。商店街の餅つき会があり、顔を出すと「ついてくれ、ついてくれ」といって、杵(きね)を手渡された。生まれて初めて杵を振るうと、すぐに指導が入った。

「ダメダメ。足は動かさないで。腰をいれて、まっすぐ振りおろす」

「ハーイ」 

右手の親指のつけ根が痛くなるまでついてから、杵を返した。

海外取材とニュースばかりを追っているので、地元の優しさにはほっとさせられる。アメリカにはない人との心のつながりができた気がしている。