堀田佳男 Profile
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カテゴリー: 思索 ― 2007年11月29日
北の町へ

「景気は最悪ですね」

タクシーの運転手は言いなれたような口調だった。小雪が舞う函館でタクシーに乗り、街中をすすむとシャッターの閉まった店が目につく。

「ますます悪くなってますよ。東京にすべてが行っています。北海道では札幌にすべてを持っていかれている」

地方に元気がないといわれて久しい。「シャッター通り」という表現は全国で聴かれる。函館のメインストリートである電車通りは、みたところ2軒に1軒は日中でもシャッターを下ろしている。人影もまばらである。

特に市の西側の衰退が顕著だ。ゴーストタウンとまでは行かないが、捨てられた町という印象である。東京の雑踏と比較するとなおさらそう感じる。函館が1859年の日米修好通商条約で開港した当初、町は西側に築かれた。「箱館」と書かれた時代だ。だが、時代は変わった。今では西側から忘れ去られている。レンガ建ての倉庫街は観光者だけのものだ。

アメリカでも多くの地方都市は函館と同じである。私が訪れた都市だけでも何十もが函館と同じ運命にある。例えばデトロイトがそうだ。かつては200万もいた人口が現在は100万を切った。市の中心部はもはやゴーストタウンである。

「モータウン」といわれる自動車の町はいまや死の町と言ってさしつかえない。再開発が一部で進んではいるが、古き良き時代の活気が蘇ることはないだろう。

日米で共通することは多い。地方を支えるために政府が公共事業のカネをばら撒いた時代があった。けれども、中央政府が地方を支えられる時代ではない。地場産業が芽生えて「流れに乗っている」と言い切れる地方都市に生まれ変われるのは例外である。

悪いことに、今後は高齢者が多くなるため、地方都市の景気回復はおぼつかない。経済産業省が多くの地方活性化プロジェクトを推し進めていることは知っているが、函館に元気が戻ったと言えるまでには何年も必要だろう。

人口29万。道内3位の都市は観光と漁業に頼ってきた。最近ではIT企業が伸びてきているが、全市を巻き込んだ産業再編にはいたっていない。海産物をメインにしたどんぶりものは美味だが、観光者の食欲を満たして終わりである。

社会格差と都市の格差はますます広がっている。それを埋め合わせる効率的な手立ては多くない。自発的な地方への移住がいろいろなところで語られている。余生を送るためだけではなく、新たにビジネスをはじめたり、のびのびした土地のひろがりを体感する意味でも地方移住は悪いアイデアではない。

けれども、タクシーの運転手が悲観的なことを言った。

「東京にずっと住んでいた人が函館に移住しにきますよ。でも、結局また東京に戻ってしまう人がずいぶんいます。退屈ですからね。この町は」

「おいしい海産物があるじゃないですか」と言ってみたが、それが景気回復の原動力にならないことは運転手が一番よく知っていることである。明日は雑然とした東京に戻る。

カテゴリー: アメリカ社会 ― 2007年11月19日
リスのシチュー

アメリカは銃社会といわれる。

国内に出回っている銃砲の正確な数は誰もつかめていない。2億5000万丁とも3億丁ともいわれる。アメリカの人口は昨年10月に3億の大台に乗ったので、一人につき一丁というのがおおよその目安である。

銃が使われた事件もずいぶん取材しているので、よほどのことがないと驚かないが、先週、思わず「エーッ」と唸ってしまったことが二つあった。両方ともアメリカのできごとである。

一つはフォックスTVを観ていて驚いたニュースだ。テキサス州に住む男性が警察に電話をしてきた。会話はすべて録音されている。それがすぐにTV局に持ち込まれるところもアメリカらしいが、その録音テープの内容にびっくりさせられた。

電話をした男性の隣家に、二人の男が窓ガラスを割って侵入した。それを見た男性はすぐに警察に電話。警察官と会話をしながらこう言うのである。

「銃をもってくる。奴らを止めなくては」

午後2時。電話口の警察官が落ち着いた口調で諭す。

「家の中にいてください。警察官がいまそちらに向かっていますから」

「出てきた出てきた。撃つよ、撃つよ。このまま見過ごすわけにはいかない」

「いや家の中にいてください」

男性は電話を持ったまた外にでた。「オダブツダナ」と言ったあと、ガンショット3発。数分後に駆けつけた警察官が死亡した二人を確認した。

検察側はテキサス州法の自衛権を逸脱する行為だと主張。弁護側は自衛権の行使であると真っ向から対立している。男性が起訴されるかどうかは大陪審の判断にゆだねられている。

やってくれるものである。92年にルイジアナ州で起きた服部君事件を思い出した。犯人のピアースは正当防衛が認められて無罪になったが、私はいまでも過剰防衛だと思っている。銃社会の弊害以外のなにものでもない事件である。

そうしていたら、ワシントンの友人が電話でスゴイ話をしてくれた。彼は長い間、ワシントン郊外に一軒屋を借りて住んでいた。同時に、ウェストバージニア州に3000坪の土地と別荘を所有している。ウィークデーは借家に住み、週末は別荘で過ごすライフスタイルだ。だが、最近になって借家を引き払って別荘に住み始めた。

電話の向こうから、「ライフル銃を購入した」というセリフを聞いた。長いつきあいなので、銃所有にずっと反対していることは知っていた。だが今では銃の所有者になったという。

「隣人がハンターで、一緒にスーパーに行ったときに勧められたんだ。護身用というよりハンティング目的だよ」

「いつからハンティングをするようになったの?」

「いや、まだ撃っていない」

何を狙うのか聞いたら、リスだという。リスを撃つ話はよく聞いていたので驚かなかったが、次の彼の言葉で息をのんだ。

「僕もびっくりしたよ。先日、隣人がパーティーに招いてくれたんだ。『自宅の裏庭でリストを10匹ほど撃ったから今晩はリスのシチューだ』って言うんだよ。いやあ、食べられなかった」

ところ変われば品変わるというが、「撃つものが違うだろ」というのが正直な感想である。憲法修正第2条の武器所有の権利は熟知している。全米ライフル協会のロビー活動のしぶとさもよく知っている。だが、増え続けるだけの銃砲に歯止めをかけなくして銃関連の事件が減らないのも事実である。

アメリカ、、、嗚呼である。

カテゴリー: 経済 ― 2007年11月7日
ドル安・原油高

ドルの価値がじりじりと下がり、原油価格が上がっている。

日本の方は円相場を中心に考えるが、世界の主要通貨はドルからユーロ、さらに中国元に移行しつつあり、日本(円)は置いていかれている印象が強い。

通貨流通量では昨年暮、ユーロがドルを抜いた。中国もロシアも外貨準備高をドルからユーロにシフトしていることは金融関係者であるならば誰でもが知ることだ。ドルはこのところ、いくつかの通貨をのぞいてほぼ全面安である。すでに2、3年前から主要エコノミストはドル崩壊を説いていた。やっと2007年暮になって現実味を帯びてきたといっていい。

数年前にインタビューしたモルガンスタンレーの主席エコノミスト、スティーブン・ローチはかなり早い時期から「ドル崩壊とインフレ到来」を口にしていた。彼はアメリカのエコノミストの中でも「最も」という言葉がつくほどアメリカ経済に悲観的なので、100%は信用していないが、ドル安・原油高の流れはしばらくとまらないだろう。

昨年夏にインタビューしたジム・ロジャーズは1ドル90円になる可能性を示唆したし、原油は1バレル150ドルになると予言した。ロジャーズはジョージ・ソロスと「クァンタム・ファンド」を立ち上げて4200%のリターンを成し遂げた伝説的なファンドマネジャーである。

彼は今、資産をドルから元に替え、住まいもニューヨークから上海に移しつつある。先日、外国特派員協会で会った大手企業CEOも、「東京のように非効率な町にいない方がいい」と真顔で言った。私が「今年になってアメリカから東京に戻ってきたのです。しばらくはいますよ」と言うと、「アメリカを離れたことはいいが、日本の『大復活』はない。落ちていくだけ」と手厳しい。

東京の景気は確実に回復していきているが、東京がこれからもアジアの中心都市でいられる保障はない。いやないだろう。「それでは」とすぐに腰をあげて、他国に移住できる人も多くない。

それは日本が本当の意味での国際化に遅れていることを示しているかもしれない。老後ではなく、働き手としてあぶらが乗っている時に他国に移って働けないということだ。これはもちろん会社からの派遣ではなく、自力で仕事を探してくるという意味だ。

日本にいる限り「落ちていく」ということを実感しなくて済むかもしれないが、外から日本を眺めた時に、近い将来、多くの人が愕然とさせられることは十分に予測できる。(敬称略)